「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」
監督:押井守
2008年/日本/122分
輪廻の先にあるもの好き度:★ やりきれない度:★★★★★
あらすじ:戦争請負会社に所属し、「ショーとしての戦争」を行うのは、見た目が少年のまま成長せず永遠に生き続ける「キルドレ」と呼ばれるパイロットたち。彼・彼女たちは、空で闘い、散っていく。
原作を読んでいない人は、公式サイトで予備知識を頭に入れて見た方がいいと思います。セリフは多いんですが説明は丁寧じゃないので、しょっぱなにスパーンと置いていかれてしまうんですよね。冒頭で話に集中できないと、後半もたぶんダメです。空中戦以外はものすごく静かな映画ですので、話がよくわからないと眠たくなってしまいそうです。
「攻殻機動隊」2作、コレと押井守作品を3つ見ましたが、なんでしょうね、思ったことは
犬が好きなんですねということでしたね。生命の象徴というか、「生きている」という描かれ方をするのはいつも犬ですね。今回も、無表情な人間たちが闊歩しているなかで、のびをしたり、吠えたり、眠かったり、走り回ったりと、いちばん「生きていた」のは犬でした。
★ネタバレあります

実はコレ見たの、2度目です。1度目に見たときの感想は、「運命の輪から逃れることはできない」っていうものだったんですよ。努力なんて無駄だよ、結局はレールの上を走ってるだけなのさ、ていう、かなり悲観的なものでした。今見たらなにか変わってるかなって思って見てみたんですけど、あまり変わらなかったです。
キルドレたちは、永遠の時間を生きています。
空を舞うことを仕事とし、命のやりとりをすることで生活するキルドレの一人・函南は、不確かな日常からの脱却を図ります。
それはつまり、最強のパイロットであり非キルドレ(=大人)である「ティーチャー」に挑むこと。絶対に打ち破れない物への挑戦、反抗。彼を打ち破ることによって「何か」を変えたいと思うんですね。
ティーチャーへ挑む函南は「I'll kill my father=父を殺す」と言います。
父といっても父親であるわけではなくて、大きな"father”という存在ということです。それに抗う子ら、“children”であるキルドレ。
ティーチャーは父と同じ、子供にとっては
「越えられない壁」なんです。父親を越えることで子供が大人になるというのなら、キルドレはティーチャーを越えられないし、越えられないから子供のまま生き続けるわけです。キルドレはそういう存在なんですね。
「君は生きろ。何かを変えられるまで」
草薙にそう言ってティーチャーに挑む函南ですが、何かを変えたいと思ったキルドレはみな、ティーチャーを撃墜するという「父親越え」を志し、挑み、散っていくわけですね。残された者は、変わらない現実といつも対峙するんです。皆それに慣れています。しばらくすれば、“見慣れた仲間”を、また迎え入れる。
これが延々と続いていくだけなんだなあ、という、やりきれなさが残りました。
動いても、結果は変わらない。
やっぱりそんな風に感じてしまったんですよね。
「同じ道を歩いているからって、景色は同じではない」(うろ覚えですが)
というところに輪廻からの脱却というか、いわゆるこの作品の「希望」があると思うのですが、伝わりにくいんじゃないかなあ。少なくともワタシには伝わらなかった。というか、それだけでは納得しづらかったですね。
共鳴する人にはすごく共鳴するものがあるんだと思うんです。閉塞感とか、絶望感とか、やんわりと示されるものすごく小さな希望とか。
ワタシには感情移入する先がなかったので、伝わらなかったのかもしれません。男性の方が共感できるのかなあ、「父親越え」という観点からすると。
ああ、長く書いたのに、なんだかまとまっていなくてすみません。
押井 守
VAP,INC(VAP)(D)
発売日:2009-02-25